腰痛の症例(温めすぎて悪化する場合)

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不調を感じた時に温めたり、冷やしたりするのは生活の知恵ですが今回はそれがいきすぎた場合の症例です。ちなみにこの症例の李士材は『診家正眼』という脈診の有名な著書を書いた人としても知られています。

目次

腰痛医案2

李士材曰く「徽州の大学にいる魯儒はとても疲れていて、腰や膝が変に痛くて我慢できない状態でした。腎は腰と膝の健康を主るから養生した方が良いとみなが言うので桂枝と附子を使ってみました。2ヶ月続けたところ、四肢は力が入りづらく腰と膝は冷え切ってしまいました。これは間違いなく自分で勝手に熱薬を乱用したためです。(李士材が)診てみると、脈は弱く感じられて、強く押すと指に強く跳ねる感じがしました。だから、陽証が陰に見えるのではないかと考えました。つまり、熱が強すぎるとかえって相克の状態となります。(陽証であれば)小便は赤くて、熱いお湯を飲むのを嫌がるのですが、聞いてみると確かにそうでした。黄柏3銭、竜胆草2銭、黄芩、連翹、梔子をそれぞれ1銭5分ずつと、生姜7片を入れて、熱くしてすぐ飲ませました。すると、しばらくして腰のあたりがすっきりして、3回の治療で痛みがなくなりました。その後、人参固本丸を毎日2両飲んで、1ヶ月で完全に治りました。」

『古今医案』兪震

所見と考察

患者は腰や膝が痛むということで桂枝と附子を服用したがなかなか改善しないばかりか、さらに不調が現れます。桂枝も附子も中医学的には温める作用の強い生薬です。効能を確認しておきましょう。

桂枝

『中薬学概論』湖南科学技術出版社より抜粋

附子

『中薬学概論』湖南科学技術出版社より抜粋

桂枝は解表薬のなかでも辛温解表と呼ばれるグループに属する生薬で、体表を温めることで発汗させる作用があります。一方で附子は袪寒薬といわれるグループに属する生薬で、体を芯から温める作用があります。ちなみにこの附子はトリカブトであり、「あおげあおげあおぐぞあおぐぞ」というフレーズでお馴染みの狂言の曲目「附子(ぶす)」はこの生薬です。附子は毒と薬が紙一重の存在であることを教えてくれます。

さて体を温めるような生薬を飲み続けることで逆に手足が冷えることを専門的には熱厥といい、体幹部に熱がこもって四肢に気血が流れないことによって起こると考えられています。冷え性のように見えますが、便秘や煩躁など熱の所見が見られることが特徴です。

厥証の一つ。・・・邪熱の過盛により陽が裏に鬱っして外達することができなくて起こる厥証。症状は、初期に身熱頭痛し、さらに意識が朦朧とし、手足厥冷・脈沈これを接ずると滑あるいは熱を恐れ、あるいは渇して飲水を欲し、あるいは手を上にあげ足をなげだし、煩躁して眠れず、胸腹の灼熱感,便秘尿赤などをあらわす。治療は宜通鬱熱の法によく、軽症には四逆散、重症には白虎湯・大承気湯・双解散・涼膈散などを用いる

『漢方用語大辞典』熱厥の項より抜粋

李士材の治療

服薬の確認

今回の医案で重要な点の一つ目は桂枝と附子を普段から服用していることを確認していることでしょう。現代でも他の医療機関にかかっていたり、セルフケアと称してサプリメントなどを服薬している方は多くいらっしゃいます。昨今話題の小林製薬の件でも医師が普段のサプリメントを確認していたために発見に至ったという話もありました。さりげないルーティンではありますが、きちんと服薬の内容を確認しておくことの重要性が読み取れます。

清熱そして補法

李士材は熱証(熱厥)となってしまった患者に清熱(体を冷やす治療法)を用いて対処しています。医案に登場する黄柏、竜胆草、黄芩、連翹、梔子などはいずれも清熱の作用をもつ生薬として有名なものです。しかし清熱薬は長期服用すると、脾胃を傷つけることが知られているので、痛みがなくなってのち体力をつける処方である人参固本丸を処方しています。単に症状が改善させるだけでなく、治療後の細やかな処方も名医たる所以かもしれません。

まとめ

さて今回は前回に引き続き、腰痛の症例をご紹介しました。桂枝と附子は古来より重宝されてきた生薬でありまして、この症例で登場する患者の魯儒も民間療法的に服用していたようです。ちなみに中国では昔から体を冷やす=病気というイメージがあるようでこの魯儒もそんな思いから桂枝と附子を服用していたのかもしれません。昨今の温めればオッケーというブームは昔からあるようですが、お身体を見る身としては「〜だけすれば良い」という言葉ほど怖いものはないと思わされるような症例でした。

参考文献

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