施術において本当に大事なものは・・・

猫の手も借りたい
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ネットでの繋がり

コロナもあって人に会わなくなったと思うと、逆にネットの世界が広がってコロナ前より知り合いが増えるみたいなことが起こった。もちろん顔の見えないネット世界での出会いは、いい人ばかりではなかったけれども、繋がりを求めたいと思えば繋がれるというのはいい時代だなと思う。でもやっぱりリアルで会いたい人もいるので、気兼ねなく会える時が早くやってきてほしい。

東洋医学的な鍼灸をする鍼灸院は少ない

鍼灸師になってから、ずっと伝統的な鍼灸を追い求めてきたし、これからも追い求めるだろう。実際に刺鍼の数が少なく、患者さんの負担が少なくて済むので、東洋医学的、伝統的施術は非常に使い勝手が良い。ただし、自分が伝統的なもの、東洋医学的なものを学んでいるということが、必ずしも鍼灸師の多数ということでなく、むしろ少数派であると改めて、ここ数ヶ月で色々な人と話す中で思い知った。やっている人が少なく臨床的に意味あるものが多いので社会的価値があるのかもしれない。

最も大切なのは「見立て」

患者さんから見れば、一様に見える鍼灸施術も実は色々なやり方や施術法がある。それこそ人体を解剖学・生理学的に捉えるのか。もしくは経絡など伝統的な身体感を使って身体を捉えるのか。どんな施術法でも名人がいる。どちらも方法的に違えど、大切なことは患者さんがどういう状態になっているか? つまり見立てこそ重要なのだろうと改めて思うに至った。

法にしたがって、方にこだわらない

東洋医学の世界には「法に従いて、方にこだわらず」という格言がある。「法」とは法則、「方」とは処方・施術方法のことである。鍼灸や漢方の世界では、名人のツボ選びが違えど皆効果が高い・同じ病気でも違う漢方薬を使って症状を改善する。みたいなことが日常茶飯事で起こっているが、これができるのも見立てあってのことなのだろう。良い見立てができるからこそ、一見異なったと見える方法でも結果を出せるのだろう。いかに良い見立てを立てられるか。そこにフォーカスした施術ができれば学んだことをより患者さんへ還元できる未来がやってきそうだ。

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