胃カメラで異常なし、それでも症状が続くとき
-機能性ディスペプシアと診断された後に知っておきたいこと-
「胃カメラをしたけれど、どこも悪くないと言われた」
「検査結果は正常なのに、毎日胃の調子が悪い」
そのような経験をされた方は少なくないと思います。異常なしという結果はひとつの安心材料ではあります。しかし症状は続いている——そのギャップに、戸惑いや不安を感じる方も多いのではないでしょうか。この記事では、そうした状況で診断されることの多い機能性ディスペプシア(FD)について、現在わかっていることと、西洋医学・東洋医学それぞれの視点からの向き合い方を整理します。
「異常なし」は「問題なし」ではない
胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)で胃潰瘍や炎症などの器質的な病変が見つからなかったとき、医師から「異常なし」と告げられることがあります。ただしこれは「症状の原因がない」という意味ではありません。胃の構造には異常がなくても、胃の動き方や感じ方の問題が症状を引き起こしているケースがあり、それが機能性ディスペプシア(FD)です。
機能性ディスペプシア(FD)とは
機能性ディスペプシアは、内視鏡などで器質的な異常が認められないにもかかわらず、以下のような症状が慢性的に続く状態を指します。
- 食後の胃もたれ・重い感じ
- 少し食べただけでお腹がいっぱいになる(早期飽満感)
- みぞおちの痛み
- みぞおちの灼熱感・焼けるような感じ
これらの症状が6ヶ月以上前から存在し、最近3ヶ月間継続していることが診断の目安とされています。一般人口の約10〜15%に見られると報告されており、決して珍しい状態ではありません。
FDには2つのタイプがある
FDは症状のパターンによって、大きく2つに分類されます。
PDS(食後愁訴症候群)
食事をきっかけに症状が出るタイプです。食後の胃もたれや、少量でも満腹になってしまう早期飽満感が主な訴えです。
EPS(心窩部痛症候群)
食事とは関係なく、みぞおちあたりに痛みや灼熱感が出るタイプです。空腹時に症状が強まることもあります。
PDSとEPSの両方の症状が重なる方も少なくありません。自分がどちらのタイプかを把握しておくと、生活上の工夫や医療機関での相談がしやすくなります。
なぜ症状が続くのか——FDの背景にあるもの
FDの原因は一つではなく、複数の要因が絡み合っていると考えられています。現在の研究では、以下のような要因が関与していることが示唆されています。
- 胃の排出が遅くなる:食べたものが胃から腸へ進むスピードが落ちている
- 内臓の感覚が過敏になっている:少しの刺激でも不快感として感じやすい状態
- 脳と腸のコミュニケーションの乱れ:脳腸相関と呼ばれる神経系の連携がうまく機能していない
- ストレスや心理的な要因:精神的な緊張が消化管の動きに影響する
- 感染後の変化:胃腸炎などの感染症をきっかけに発症するケースも報告されている
これらが複合的に絡み合うため、「検査では見えないが、確かに何かが起きている」という状況が生まれます。
西洋医学での治療アプローチ
現時点では、FDに対する治療はいくつかの選択肢が組み合わせて使われています。
まずピロリ菌の確認から
ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)の感染が確認された場合、除菌治療が行われます。除菌によって症状が落ち着く方もいますが、全員に効果があるわけではなく、除菌後も症状が続く方もいます。
胃酸を抑える薬(PPI)や消化管の働きを助ける薬
プロトンポンプ阻害薬と呼ばれる胃酸分泌を抑える薬が、最初の治療として使われることが多いです。消化管の動きを助ける薬 胃の運動を促す薬が、特に食後の症状が強い方に使われることがあります。漢方では六君子湯が処方されるケースもあります。
神経系に働きかける薬
低用量の抗うつ薬が、内臓の感覚過敏に対して使われることがあります。
生活習慣の見直し
脂っこい食事や刺激物の制限、禁煙、NSAIDsの回避なども症状の管理に役立つとされています。ただし、これらの治療を続けても症状がなかなか落ち着かない方や、繰り返す方も一定数いるのが現状です。
東洋医学から見たFD——脾胃の生理と病理
脾胃とは何か
東洋医学では、消化吸収に関わる機能を「脾胃(ひい)」という概念でまとめて捉えます。現代医学の「胃腸」とおおむね重なりますが、その役割の捉え方は少し異なります。胃は食べ物を受け入れ、初期の消化を行う臓器と位置づけられます(受納・腐熟)。そこで粗く分解されたものを、脾がさらに精製し、気血(エネルギーと栄養)として全身に届けます(運化・昇清)。
この二つの臓器が協調して働くことで、食べたものが滞りなく処理され、体の各部に栄養が行き渡ります。
気機の方向性——「降りる」と「昇る」
東洋医学において重要な概念のひとつが、気の流れる方向性(どの向きに体の機能が働いているか)です。胃の気(胃気)は下に向かって降りることが正常とされます。食べたものを腸へと送り出す方向です。一方、脾の気(脾気)は上に向かって昇ることが正常とされます。消化した精微(消化した栄養素)を心肺へと持ち上げ、全身に巡らせる方向です。
この「胃は降り、脾は昇る」という気の方向性が整っているとき、消化は順調に進みます。
気機が乱れると何が起きるか
問題が起きるのは、この方向性が乱れたときです。
胃の気がうまく降りずに上に逆流しようとすると(胃気上逆)、吐き気・げっぷ・胃のむかつきといった症状として現れます。脾の気が昇れずに停滞すると、食後の膨満感・重い感じ・食欲不振につながります。さらに、この気機の乱れには複数の要因が絡みます。
食の乱れ(飲食不節)
過食・早食い・冷たいものの摂り過ぎ・不規則な食事時間などが、脾胃に過剰な負担をかけ、消化機能を低下させます。
感情・ストレス(情志の影響)
東洋医学では、感情の動きが内臓の機能に直接影響すると考えます。なかでも怒り・緊張・抑うつといった感情は「肝」という臓器の気の流れを乱しやすく、その影響が脾胃にまで及ぶとされます(東洋医学における肝は西洋医学における肝とイコールではなく、自律神経の調整や情動の調節などを含めた概念です)。胃の症状がストレスで悪化しやすいという方が多いのは、現代医学でいう「脳腸相関」と重なりますが、東洋医学ではこれを「肝が脾胃を犯す」という言い方で2000年以上前から観察・施術されてきました。
消耗による機能低下
過労・睡眠不足・長引く体調不良などが重なると、脾胃を動かすための気そのものが不足し、消化する力が全体的に落ちてきます。食欲がなく、食べると疲れる、という訴えが多くなります。
東洋医学のアプローチの特徴
FDに対して東洋医学が注目するのは、「なぜ今その人に、その症状が起きているのか」という背景です。同じ「食後の胃もたれ」であっても、ストレスが引き金の人と、もともと消化力が弱い体質の人と、冷えが関係している人では、脾胃に起きている乱れの性質が異なります。東洋医学ではその背景を四診(望・聞・問・切)によって丁寧に読み取り、一人ひとりの状態に応じた施術を組み立てます。当院では、こうした東洋医学の病理観を土台に、FDをはじめとする消化器系の不調に向き合っています。
まとめ
- 胃カメラで「異常なし」でも、FDという診断がつく場合がある
- FDは胃の構造ではなく、機能や感覚の問題が背景にある
- PDSとEPSの2タイプがあり、症状のパターンが異なる
- 西洋医学での治療を続けても症状が落ち着かない場合、東洋医学的なアプローチも選択肢のひとつ
- 東洋医学では脾胃の気機(気の流れる方向性)の乱れとしてFDを捉え、その背景にある要因から個別に考える
胃の不調が続き、どこに相談すればよいか迷っている方は、当院にお気軽にご相談ください。
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