これは2019年に三旗塾という研究会にて発表したものである。
鍼灸師や専門家向けのものではあるが、ふれる機会が少ないものなので
ここに記載しておく。
絡とはなんであろうか?
『経絡経穴概論』によれば「絡とは、経と絡に分けられ、経は縦糸を表し、人体を縦の方向に走行するもの、絡は繋がる、絡まる、まとまるを意味することから経脈と経脈を連絡したりするものである」という。経脈と絡脈は常に対比されて語られることが多い。しかし経脈についての解説書は多いが、絡脈について述べたものはあまり知られていない。そこで「絡」とは何か?ということについて一つの提案と言いますか、仮説を申したいと思います。
絡脈の歴史は古く、黄帝内経の中にすでに登場する。絡脈について最も体系的に書かれているのは『霊枢・経脈篇第十』であろう。ここではいわゆる十五絡というものについて述べられている。十二経絡にそれぞれ一つと、任脈と督脈にそれぞれ一つ、加えて脾の大絡である。任脈と督脈の絡については、『難経』の中で陰蹻脈と陽蹻脈として置き換わり、様々な批判が生まれるが、ここではそれについて語らない。
しかしもう一つ不思議な経穴がある。「脾之大絡」である。かなり異彩を放っている経穴の一つと言っていいだろう。脾だけ二つの絡穴を持つことに、学生時代、一度は疑問に感じた方も多いかもしれない。そこで脾の大絡について少し考えてみようと思う。まずは脾の大絡の出典『霊枢・経脈篇第十』の原文を見てみよう。
「手太陰之別、名曰列缺、・・・足太陰之別、名曰公孫。・・・脾之大絡、名曰大包、」
第一に「手太陰之別」という書き方に注目したい。これは明らかに経絡を意識している書き方と読める。他の絡穴ついても同様の書き方が続く。しかし今までが「経絡」との繋がりで書かれたものであるのに対し、脾之大絡は「五臓」との繋がりを見てるようである。
脾之大絡の病症はどうか。
「・・・実則身尽痛、虚則百節尽皆縦。・・・」
今でいうと線維筋痛症といったところだろうか?経験がないため憶測の域を出ない。しかし他の絡穴の病症と比べると全身性の症状である。
またそのあとにこう続く。
「此脈若羅絡之血者、皆取之脾之大絡脉也」
「羅」にはあみ・うすい絹、と言った意味がある。つまり羅絡とは全身を絡脈がまとう様子をいう。脾の大絡は全身をおおい、治療点・反応点として大包穴があるということだろう。しかし、『霊枢』に特殊な経穴として登場した脾の大絡は、その後いろいろな古典に登場するものの学術的な進展はなく、霊枢の引用のみに終わる。なかなか昔の人も苦労していたらしい。ちなみに元の時代に、滑寿によって書かれた『十四経発揮』には、すでに湯液をする人はまだいるが鍼灸をするものはほとんどいない、鍼灸の術は廃れてしまった、と嘆きの序文がある。
今も昔も鍼灸をするということはなかなか大変だったらしい。閑話休題。脾の大絡とともにもう一つ大絡として語られるのが「胃の大絡」いわゆる「虚里の動」である。再び出典を見てみよう。
「胃之大絡,名曰虛里,貫鬲絡肺,出於左乳下,其動応衣,脈宗気也。」
左の乳房の下に出るといい、また解説によっては左の乳根穴の下にとる。
どちらにしても心拍動のことであろう。この心拍動、衣に応じて動くというぐらいなので正常ではひっそりと打つといった具合だろうか。経験的にも胃の気がヘタってくると鼓動が強く高く打つように思う。ここまで、脾の大絡と胃の大絡(虚里の動)について見てきた。しかしここでまた疑問が浮かぶ。なぜ脾胃だけが大きな絡脈をそれぞれ持つのであろうか?一つの答えとして『杉山真伝流(胸脇七星穴)』が参考になる。今まで日の目を見ることがなかった脾の大絡・大包穴は、海を渡り時代を経て管鍼法を作った杉山真伝流で再び脚光を浴びる。そこで大包穴は 「故専治太陰気、通利三焦、善化清降濁、治中宮之病、」とある。ここでいう中宮とは脾胃のことである。なぜここで脾胃と呼ばずに中宮というのか?ここに五行の概念が絡むように思う。五行は木火土金水のいわゆるそれである。専門学校入りたての時に、訳もわからず覚えさせられるあの五行である。五行は循環するものと教えられる。木から始まり水まで行き、また木から循環する。しかし黄帝内経では、「土」つまり脾胃の存在感は明らかに他より大きい。
生命力を伝統的には胃の気といい、昔の名医・李東垣は脾胃についての専著『脾胃論』を記す。
現代中医学でも脾胃の証は、他臓腑の証より多い。これを裏付けるものとして、陰陽と五行について初めて図示された『陰陽太極図』では土が中央にきていること、また『素問・太陰陽明篇』には「脾者土也。治中央。常以四時長四蔵。」と記述があること、などからも土は五行の中心であろう。考えてみれば当たり前のような話であるが、意外と頭で整理できていなかったようである。
土を中央と考えると脾胃の病症が、「腹満」など体幹と「四肢不収」などその末梢である四肢に出ることも、末梢と体幹を表裏と捉えればなるほど納得である。さて話を絡穴に戻そう。今、土の脾と胃に大絡があることがわかり、その他の四蔵に大絡はない。また五行において、土は中央であり、その表裏は末梢と体感である。このことからから考えるに、脾の大絡は陰の大絡であり、陰から陽へ、体幹から末梢をしめるようにまとう絡脈であり、胃の大絡は陽の大絡であり、陽から陰へ、末梢から体幹をまとめる絡脈ではないだろうか?また末梢をしめたり、体幹をまとめるという意味では少陽経の特性である「枢」の力を持つと考えられる。そういった意味では大包穴は体の側面にあるのが自然なのだろう。少陽経と大包穴の関係についてはまだ考察すべきことが多いのでここでは据え置かせていただく。ともかく脾の大絡は五行における土が中央であるというキャラクターを大きくもつ経穴である。杉山真伝流には大包穴のことを讃えて「本穴が治療できる範囲は広く、その効果は素早い、数々の歴代の医書がこの穴の治療効果を見逃してきたことは、実に惜しいことである」とある。効かせ方によっては、いかようにも振る舞える可能性がありそうだ。これからの臨床で追試していきたい。
ぜひ先生方の忌憚なきご意見をお待ちしております。
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