さてここで登場するのは、白虎加人参湯。
ツムラの34番として有名で、白虎湯に人参を加えたというお名前そのままの処方です。東洋医学でいう糖尿病の「消渇病」や「口の渇き」にこの白虎加人参湯がよく使われてきました。
白虎加人参湯
服桂枝湯、大汗出後、大煩渇不解、脈洪大者、白虎加人参湯主之。(26)
『傷寒論』より
桂枝湯を飲んだのち大量に発汗して、そのあと喉が渇く症状が続く(煩渇)。術者側で大量の発汗が見られたのに、脈診で洪大脈が見えるときは、白虎加人参湯を使う。
白虎湯は陽明病の代表処方
白虎湯は陽明病の代表処方の一つ。陽明病というのは太陽病より一層深いレベルに病があるという意味である。ちなみに、傷寒論で考えている身体の捉え方を『六経弁証』という。太陽病、陽明病、少陽病、太陰病、少陰病、厥陰病と六つの段階へとお病気を分ける鑑別方法が六経弁証である。白虎湯はこのうちの陽明病に使える代表的な処方。
陽明病は、足之陽明胃経に関わる症状が出る場合で発熱や口渇など熱性の症状が強く出ることが多い。ちなみに傷寒論180条に陽明病の定義がある。
陽明之為病、胃家実是也。(180)
「胃家実」は非常に専門的な解釈になるので今回立ち入るのは避けよう。胃に関わる症状や陽明経に関わる症状、熱性の症状だととりあえずは解釈しておこうと思う。
ところで白虎湯には、白虎ビャッコというパンチの効いた名前がついている。白虎湯に含まれている石膏の白色が由来らしい。石膏の白色→白虎の白→白虎湯。他にも諸説あるが、桂枝湯のような名前の付け方と違ってヒネったネーミングなのは製作者の愛情なのかもしれない。
「煩渇」が鑑別ポイント
煩渇というのは「心煩」と「口渇」のこと。
「心煩」は、胸中での熱感・動悸・煩躁が現れる症状のこと
「口渇」は、喉が乾いて湯水を欲することを言う。
煩渇は熱症状があるために津液が減っていることを表しており、この熱症状が白虎加人参湯の使用目標になります。
たとえば、高齢者の口が渇く症状。口腔乾燥症状にこの白虎加人参湯を使って改善してると言う研究があります。また少し変わった使い方ですと、この煩渇を「津液不足(水分不足)」と解釈して、皮膚の痒みやカサつきと捉えてアトピーに応用するものもあります。どちらも一定の効果があるようです。
「高齢者の口腔乾燥症状に対する白虎加人参湯の効果」
「白虎加人参湯のアトピー性皮膚炎患者に対する臨床効果の検討」
人参が入っている意味
白虎湯に人参が入っているのが、白虎加人参湯です。なぜ人参があるのか。結果から言うと、津液を増やす作用(渇きを改善する作用)が人参にあるからと考えられているからです。人参は様々な作用がありますが、白虎湯に加えられるときは、身体を潤す作用(生津作用)を発揮します。
ところで意外と誤解が多いのですが、人参とは「キャロット」の人参ではなく「高麗人参」の人参です。身体の代謝を亢進させる生薬が人参で、いわゆる「元気になるお薬」です。薬局に行くと滋養強壮剤の代表で、高麗人参の写真や絵を見た方も多いのではないでしょうか?
鍼灸師が白虎加人参湯を応用する
さて傷寒論の条文を応用した承淡安先生の処方を見てみましょう。
大椎、陶道、曲池、尺沢、外関、間使、合谷、液門、足三里、上巨虚、陽陵泉、豊隆、委中、懸鐘、内庭、通谷。
『承淡安鍼灸選集』より抜粋
取穴が非常に多いですね・・・。全てで16穴。左右合わせて30穴です。普段の臨床で、全てを使うと言うことはなかなかないでしょう。全て使うと「ハリあたり」。ドーゼ過多になりそうです。
注目すべきことを解説してみましょう。
1、全て陽経を使っている。
ここでまず注目すべきことは、全て陽経を選んでいると言うことです。陽経と言うのは体の表側にある経絡のことで、熱性の反応が非常に現れやすい部分です。夏場の日焼けなどは、陰経よりも陽経の方がよく焼けることからもわかります。興味ある方は、この夏観察してみてください。
熱性の反応が現れやすいと言うのは逆にいえば、経穴の効能としては「冷ます作用(清熱作用)」が強いとも言えます。白虎湯の使用目標は「煩渇」なので、陽経をとると言うのは一定の合理性があると考えられます。
2、肘・膝より先の取穴が多い
次に注目すべきポイントは、肘膝より末端の経穴がほとんどだと言うことです。例外として「大椎」と「陶道」がありますが、どちらも督脈という特殊な経絡の一部であり、特に「大椎」は全ての陽経が交わるスーパー経穴なので例外として考えます。
身体を冷やそうと考えたとき、実は手足の末端を使用すると言うのはとても有効な方法です。夏場で身体を冷やすとき、首を冷やすよりも、手を冷水につけて冷やす方が効果的だと現代でもわかっています。このように手足の末端になればなるほど、身体を冷やす効果(体温調整)が高いのです。伝統的にはこのことを毛経験的に知っていたようで「手足は陽の本」という格言が残っています。
二つの要素「陽経」「手足の先の経穴」という部分から考えるに、必ずしも上記の取穴に限定する必要はなく、手足の熱反応のある経穴を操作することで、白虎加人参湯のような効果が発揮できると考えています。
鍼灸に生津作用はあまりない!?
さて二つの視点から取穴を考察しましたが、どちらも清熱作用ばかりに注目があり、白虎加人参湯の特徴でもある「身体を潤す作用(生津作用)」については経穴から読み取ることができませんでした。
鍼は清熱作用(抗炎症や身体を冷やす)を引き出しやすいですが、身体を潤すことは苦手だろうと言うのが私感です。漢方と違い、鍼灸は外部からものを摂取する治療法ではないので、「何かを足す」と言うのがものすごく苦手なのです。ただし、「清熱することで無駄な発熱を防ぎ、結果として生津作用を発揮する」という二次的な効果は十分に期待できるのではないかと考えています。
まとめ
さて、白虎加人参湯の条文を考察してみましたが、いかがでしたでしょうか?鍼灸と漢方の違いや場所による特徴など、漢方処方一つとっても非常にいろんな話題があります。それでは!
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