温泉宿を訪ねて

 仕事柄か古い本ばかりに触れる機会が多い。それはもう何度も何度でも読む。読書百編義おのずと通ず。読めば読むほど、僕らは昔の名医たちの鮮やかな治療にいつも魅了されるのだけれど、その人たちがどんな生き方をしてたかは知らない。どんな名医でも一人の人間であり、彼らもきっと恋もすれば悔しいこともあったのだろうけれど、医書にそんなことは書いていない。そんな風に弱みを見せない古書はハードボイルドなのかもなと思うこともある。あるいは漢気。


 古書を読むことのように、仕事もおなじ場所にいることが多いので、ふと出かけたくなる時がある。そういう点では、転勤族というのは鍼灸師にとって憧れのワードなのかも知れない。少なくとも私にとってはそうらしい。異文化に触れながら仕事をするってステキではないか。


そんな中、ふと息抜きで出かけた先で「一の湯」という温泉にでくわした。何でも後藤艮山の弟子、香川修徳がこの湯の事を「天下一」だと書いたらしい。後藤艮山先生といえば、江戸の医師で、今僕らが使うゴマ粒大のお灸を発明した先生である。その後、この小さなお灸(中国では当時小指大くらいのものを据えていた)は日本独特のものとして発展して、澤田流で花開く。


 そんな後藤艮山先生、温泉が大好きだったそうで、弟子にもこの思想が受け継がれていたようである。何はともあれ、何気なく来た土地で後藤艮山先生ゆかりの地に出会えるとは何ともまぁありがたい。300年ほど前にはここを先生も通ったのかなぁと思うと、読んでいる古書もイキイキとして来そうな昼下がりであった。

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