普段少しずつ読んでいる論文を【論文抄読会】というタイトルで公開していこうかと思います。公開する目的はいろいろとありますが、当院の学術的な活動を知ってもらいたいこと、そして日本で認知されている以上に鍼灸には可能性があり世界中で研究されていること、EBMを実践する臨床鍼灸師の仲間を増やしていきたいことなどが主な理由です。
IBSに対する鍼灸治療のエビデンスをPICOとランダム化で読み解く
今回の原著はこちらです。
過敏性腸症候群に対する鍼灸の臨床的エビデンス:ランダム化比較試験のシステマティックレビューとメタ解析
Clinical evidence of acupuncture and moxibustion for irritable bowel syndrome: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials
PMID: 36589968 PMCID: PMC9801330 DOI: 10.3389/fpubh.2022.1022145
この論文はどんな研究か?
まずはざっくり概要をまとめます
- 鍼は、薬と比べると症状が軽くなるの結果が多いみられた
- 鍼と偽鍼と比べると、IBSの“症状全体”では効果の差がはっきりしない
- 灸は偽鍼より良い結果が出ているが、研究ごとのバラつき(異質性)が非常に大きい
PICOで整理する
忙しい臨床家や実務家が論文を読むためには要点を掴む必要があります。そのためにPICOというテクニックがよく用いられるので、ここでもPICOを書き出してみます。PICOとは
- Patient(どんな患者に)
- intervention(どんな治療、介入をしたら)
- Comparison(どんな治療、検査と比べて)
- Outcome(どうなるか)
の頭文字をとったものです。
| Patient(どんな患者に) | 18歳以上の成人の過敏性腸症候群(IBS)患者 |
|---|---|
| intervention(どんな治療、介入をしたら) | 鍼治療、灸治療、またはその併用 |
| Comparison(どんな治療、検査と比べて) | 1.シャム対照(偽薬/プラセボ) 2. 薬物療法(ピナベリウム、トリメブチン、ロペラミドなど) |
| Outcome(どうなるか) | ・IBS症状重症度(IBS-SSSで測定);Primary ・ 腹痛、QOL(IBS-QOLで測定);Secondary |
| Study(研究方法) | RCTをメタ解析したもの |
つまりは鍼や灸と薬物治療を比較して、IBSがどれぐらい変化したかを調べた研究です。
システマティックレビューとメタ解析
この論文のタイトルは「システマティックレビューとメタ解析」なので検索ルールと文献の選抜基準をあらかじめ決めて論文を収集し、集めた論文を定量的にまとめたものという形式をとっている論文ということです。システマティックレビューとメタ解析は相性が良いので一緒に行われることが多いです。この論文では中国のデータベースから31本のランダム化された論文が選ばれています。
逐次試験解析(TSA: Trial Sequential Analysis)
メタ解析は論文をまとめて評価する方法ですが、その本数が問題になります。評価する論文が少なすぎると本当は効果がないのに効果がある(有意差がある)という結果が出やすくなったり、逆に評価する論文が多すぎるとさまざまなバイアス(systemic bias)が入る危険性があります。
逐次試験解析(TSA)はちょうど良い論文の本数を必要情報量という値で求めることでメタ解析に信頼性を持たせようという方法です。この論文ではこの手法が用いられて論文に説得力を持たせています。
アウトカム指標(IBS-SSS)について
この論文で出てくるIBS-SSSは、過敏性腸症候群の重症度を測る指標で世界的に使われているものです。患者さん自身の主観的な症状を数値化し、「軽症・中等症・重症」のどれに当てはまるかを判定します。
IBS-SSSの評価項目は主に「過去10日間」の症状について、以下の5つの項目をそれぞれ0〜100点満点で評価し、合計します。
- 腹痛の強さ (0点:なし 〜 100点:非常に強い)
- 腹痛の頻度 (過去10日間のうち何日痛かったか × 10倍)
- 腹部膨満感(お腹の張り)の強さ (0点:なし 〜 100点:非常に強い)
- 排便習慣への不満度 (0点:満足 〜 100点:非常に不満)
- 日常生活への支障度 (0点:支障なし 〜 100点:生活できないほど)
ポイントは全て主観的な感覚で答えるものであり、患者さんが「どれくらい辛いと感じているか」を重視していることです。この研究では鍼vsお薬で 鍼の方が平均35.45点(95%CI −48.21〜−22.68)改善していたと報告されています。
ただし、鍼vs偽鍼では平均0.03点(95%CI −0.25〜0.31)しか変わらず、鍼でも偽鍼でも薬物治療に比べて効果がたかったことが分かります。
| 合計スコア | 重症度 | 状態の目安 |
|---|---|---|
| 75点未満 | 寛解 (正常) | 症状がほとんどない、あるいは気にならない状態 |
| 75 ~ 175点 | 軽症 | 症状はあるが、日常生活への影響は比較的少ない |
| 175 ~ 300点 | 中等症 | 症状が辛く、ある程度の治療やケアが必要な状態 |
| 300点以上 | 重症 | 症状が非常に強く、日常生活に大きな支障が出ている状態 |
結果
薬物治療との比較

細かい結果を考察すると、全体的な効果として 治療終了時点において、鍼治療は薬物療法と比較して、症状重症度スコアを有意に低下(改善)させていることが読み取れます(平均差 [MD] -35.45)。また治療終了後のフォローアップ期間においても、鍼治療は薬物療法よりも優れた効果を維持していました(MD -23.8)
ただ一般的にIBS-SSSの指標は50ポイント以上を改善とする場合が多く、今回の35ポイントの改善はしっかりした効果があるとは言い切れないが改善の傾向があると言えるでしょう。
またこの研究ではピナベリウム単独、またはピナベリウムとビフィズス菌製剤の併用よりも、鍼治療の方が効果的でした。一方で、便秘型のIBSに対する下剤(ポリエチレングリコール等)と比較した場合は、鍼の効果はあまりはっきりと分かりませんでした。
一方で、腹痛やQOL(生活の質)の改善具合は、薬物治療よりも良いという結果が出ています。こちらは逐次試験解析(TSA)でも有意に効果があったとされています。
バイアスチェック
出版バイアス
著者らは、少なくとも鍼 vs 薬については、ファンネルプロットで非対称なし、Egger P=0.191、Begg P=0.929で、小規模研究効果/出版バイアスを示す所見は検出されなかったとしています。しかし、偽鍼vs鍼や灸と偽灸などは論文数が少なく、十分な研究数があるメタ解析でないために信頼性が落ちることが予想できます。一般則で、少なくとも10研究程度が出版バイアスの検定に必要な論文数の目安として示されています。
異質性バイアス
この論文では、複数アウトカムでI²が高い(研究間の結果が揃っていない)です。例えば、鍼 vs 薬のIBS-SSSは I²=71% と「かなりの異質性」を示しております。ただし著者らが外れ値の研究を除くと I²は39% まで下がる(効果自体は大きく変わらない)と報告しています。さらに、灸 vs 偽灸の症状重症度・腹痛は I²=95–96% と極端に高く、お灸の比較ではこの論文の信頼性に疑問を感じます。
異質性の原因としては、(1) IBSサブタイプや対照薬の違い、(2) 鍼灸プロトコル(頻度・期間・刺激量・シャム設計)の違い、(3) 腹痛評価の尺度が混在している点が考えられます(論文中に明記されています)。 解析上は、I²に応じて固定/ランダム効果モデルを切り替えていますが、異質性が極端に高い領域では「平均効果」を出しても臨床的な再現性は保証されにくいという問題がありますし、解析が複雑になるのは恣意性が入りやすい問題があるように思います。
評価者バイアス
論文を抽出する研究者の都合の良い論文が選ばれてしまうバイアスを評価者バイアスと言います。この論文の中では「二人の著者が独立してデータを評価・抽出した」とあるので国際的な基準に則って評価者バイアスが調整されていると考えられます。
この研究はオープンラベルと呼ばれる二重盲検を行なっていないものを集めて評価していますが、これは鍼灸という施術の特性上いたい仕方ない部分があるかなと考えます。
まとめ
バイアスを見るとさまざまな論点がありますが、大きな傾向として、世間で言われているより過敏性腸症候群(IBS)に鍼は効果があること、特に腹痛や生活の質という側面で改善できる可能性を鍼は持っていることは言えるのではないでしょうか?
実際の臨床においても、肩凝りできていたのにいつの間にか持病のIBSが改善されていたという例は多くあります。薬物治療や標準治療で改善するならばそれに越したことはありませんが、もし他の選択肢を探している方がいれば鍼灸も力になれるかも知れません。お困りの方は是非ご相談ください。