吐き気の弁証論治

目次

嘔吐の名前の由来

吐き気は東洋医学では嘔吐と呼ばれます。嘔吐は嘔と吐に分けられ、古典には「嘔とは(オエッという)音を言い、吐とは吐き出されたものを言う1」とあります。そのため乾嘔という呼び名はあれど、乾吐という呼び名はありません。ちなみに乾嘔というのは俗に言う「からえづき」です。

病の原因と病態

脾胃の弱り

吐き気は脾胃が弱ったところに邪気が入ってくる2ことで、胃の降濁作用が機能せず逆に上逆してしまう3状態だと考えられています。つまりは胃腸の動きが悪くなったから吐き気が起こると東洋医学でも考えているわけです。人が食事をして消化吸収し排便や排尿に至るまでには、三焦と脾胃がしっかり働いてくれている必要があります。しかし胃が弱ったときに様々な要素によって水穀の運化(消化吸収)が阻害されると、降りるべきものが降りず逆に突き上げるような様相を呈します。これが中医学的に考えれられる嘔吐です。専門的には陰陽否膈という場合もあります。

胃を阻害するもの(邪実)

嘔吐は上記のように脾胃の弱りから発生しますが、もう一つ邪実という要素もあります。邪実はさまざまな意味で翻訳されますが、ここでは胃の動きを阻害するものくらいに考えてください。具体的には寒邪・熱邪・飲食・痰飲・七情などさまざまなものがあります。

鑑別と分類

『中医症状鑑別診断学』によれば、吐き気は外邪干胃・胃寒・胃熱・胃陰虚・傷食の六つに大別されます。またこれ以外にも瘀血が絡むものなど、専門的には細かい分類がありますがここでは主な四つを紹介します。

外邪干胃

外邪とは今でいう感染症のようなものです。外邪干胃とは、要は風邪の時に現れる吐き気です。古くは『傷寒論』に記載があり、体表を寒邪が犯すため汗をかくことが出来なくなり、逃げ場を失った体内の熱が吐き気となって現れると考えられています。このタイプでは、吐き気の原因は外邪(感染症)によって発汗が出来なくなることですので、発汗させるような鍼もしくはお灸をして症状の改善をはかります。漢方薬では麻黄湯などが適用となるようです。

胃寒(寒嘔)

胃が寒いと書いて胃寒(いかん)と読みます。慢性的な吐き気を訴える方では最も多いのがこのタイプです。脾胃の弱ったところに寒邪が襲ったために起こると考えられています。具体的な症状としては食後の吐き気・手足の冷え・体は比較的か緊張気味などの症状を伴います。所見として舌はどちらかと言えば白っぽく(淡舌)、脈は弱々しい(弱脈)などが見られます。また痩せ型の方に多いのも特徴です。お灸などを使ってお腹が芯から温かくなるような施術を行い、胃の機能を促進しつつ寒邪が自然と解消されるように施術します。漢方薬では、胃腸を温める理中湯や附子理中湯が一般的に使われます。

治療中の補助療法として、温かいものを食べる冷たいものを暴飲暴食しないなど食生活に配慮をしていただく場合があります。

胃熱(熱嘔)

胃が熱いと書いて胃熱(いねつ)と呼びます。胃寒と胃熱は寒と熱で逆のように見えて、同じ吐き気という症状を引き起こします。熱邪には炎上性があるので、胃を熱邪が襲うと上に突き上げるような症状(吐き気)が現れるのです。熱邪の炎上性のため、食欲がなく・腹が張り・便秘などの症状がともに見られます。所見としては、舌は赤く(紅舌)、脈は洪・大・滑・弦数など力強い脈が見られます。

胃熱は単なる熱証ではなく、湿熱として存在することが多いので胃の働きを促進して、胃がすっきりとするような施術をします。漢方では二陳湯加減をしようすることが多いです。

傷食(食嘔)

ストレスやメンタルの不調により起こる吐き気です。暴飲暴食によって吐くタイプはこちらです。お腹の張りや手足の冷え・食後数時間後の吐き気などの症状を伴います。胃腸の機能を改善させることに加えて、ストレスで硬くなった季肋部をゆるめるような施術を行います。漢方薬では小柴胡湯などが応用されます。

まとめ

吐き気は他の症状と比べても、さまざまな要因で起こると中医学では考えてきました。また内科的な症状ですので単純な局所の治療だけでは難しいと言われています。しかし丁寧に診察して施術することで鍼灸治療でも十分症状改善が見込める症状の一つです。

参考文献

  1. 『傷寒明理論』 ↩︎
  2. 『諸病源候論』 ↩︎
  3. 『聖済総録』 ↩︎
目次